「悲嘆に暮れている人をサポートできる人材を育て、グリーフサポートを日本に根付かせたい」
そのような思いで始まった、株式会社ジーエスアイの「グリーフサポートセミナー」も今年で10周年を迎えました。
様々な職種や立場の人にグリーフについて学んでもらい、それぞれの場所でグリーフサポートを実践する人材が増えていくことが優しい社会に繋がると信じて、どなたでも学べる場を提供し続けています。
これまでグリーフサポートセミナー(ベーシックコース)を学んだ受講生も1,000名を超え、葬祭、医療、介護、心理、宗教など、多種多様な職種の方々が受講されています。
仕事に役立てたい方だけでなく、自分のグリーフについて向き合い、喪失体験をなんらかの形で活かしていきたいという思いから、グリーフサポートを学んでいる方も多くなっています。
こうした多岐に渡るニーズに応えるため、今年度より、ベーシックコースの講師は二人体制に拡張されました。
新たな講師は、橋爪謙一郎の公私にわたるパートナーである、橋爪清美。
社長である謙一郎が、日本にグリーフサポートを広めていくことを決意したところから、その活動を支え、二人三脚で歩んできました。
当時は、「グリーフ」と言っても、その言葉自体を知らない人が多かった時代。
グリーフの概念を理解してもらい、喪失体験をして苦しんでいる人たちを支える大切さや価値を伝えていくことは、簡単なことではありませんでした。
最近では、グリーフに対する認知も上がり、グリーフサポートの実践者も広がってきていますが、このフェーズに至るまでのプロセスに、橋爪清美も常に関わってきました。
今回は、橋爪清美へのインタビューを通して、彼女の視点からグリーフサポートの価値をお伝えできたらと思います。
日本人のためのグリーフサポートを創り上げる、という決意をしたこと。
Q:グリーフサポートに関わるようになった経緯は?
もともとは、エンターテイメント系の会社にいましたので、全く異なる分野の仕事をしていました。
橋爪が起業を決心した頃に結婚したんですが、当初は仕事には関わらなくて良いということだったんです。前職のぴあ(株)で15年も働いていたので、経理ぐらいをちょっとお手伝いして、少し自分の時間を作ろうと思っていました。
でも、当時は橋爪1人でコンサルティングや講師業の出張も多く、事務作業量が追い付かなくなってきたため、アシスタントとして入るようになりました。
何年かして、エンバーミング事業だけでなく、グリーフサポートセミナーの事業を本格的に始めることになり、そのあたりから事業の運営、更には経営にも携わるようになっていきました。
橋爪がアメリカで学んできたグリーフサポートを導入することになったのですが、そのままでは宗教や文化が違うため、私自身よく理解ができませんでした。
そこで、日本の文化や習慣、日本人の持つ価値観に合わせて、日本人のためのグリーフサポートを生み出そう、ということになったのです。
特に、テキスト作りにはエネルギーを注ぎました。
アメリカの文献をただ翻訳するのではなく、日本人の感性でしっくり受け止められることを念頭に、理解しやすい言葉や表現を見つけていくというプロセスにはこだわりました。
当時は、子供も小さかったため、育児の一番大変な時期でもあり、一気に多忙になりましたね。でもグリーフについて知っていくうちに、私自身が自然に助けられた部分があったので、これは多くの人に届けるべきだという使命感を感じるようになっていきました。
Q:研修事業をはじめた時、周囲の反応はどうでしたか?
当時の社員には、このようなセミナーに高いお金を払う人はいないんじゃないか、と言われました。
現在ベーシックコースは、6日間で約10万円です。
確かに、時間的にも費用的にも、お気軽に受けていただけるものではないかもしれません。でも、やるからには質の高い内容を提供したいと思いました。
実際にセミナーを開催すると、葬儀などご遺族相手のお仕事をしている人たちが集まってくださり、思っていた以上に反響をいただいたのです。
深い悲しみの中にいるご遺族へどう言葉をかけたらいいのか分からない、と戸惑いながら仕事をしている人も多い、ということが分かりました。
グリーフサポートを理解することで、仕事がしやすくなった、売上が上がった、などというお声をいただくようになり、手ごたえを感じました。
ベーシック後の上級クラスを望む声が増え、アドバンスコース、プロフェッショナルコースも作り、一通り学びを終えた証としてグリーフサポートバディという認定資格制度も設立するまでになったのです。
目指しているのは、「学んでもらって終わり」ではなくて「その人の成長のお手伝いをする」こと。
Q:今までの経験が講師としても活かされているなぁ、と感じることはどんなことですか?
やはり、当初からセミナーの構築に関わってきたことは大きいと思います。
テキストをよりよいものにブラッシュアップしていくために、何十回もベーシックコースを受講しながら、理解を深めていきました。
毎回、クラスの中に入り、受講生さんたちと一緒に学んできたので、皆さんの反応や理解の進み方も実感として分かっています。
それは講師となった今、とても役に立っていると思いますね。
また、マーケティングのためにグリーフ関連の文章を書くことも多いですし、ご遺族や受講生の相談にのるなどの実践によってアウトプットを積み重ねたからこそ、自信を持って、人に教えるまでになれたのだと思います。
このグリーフサポートセミナーは、ただ受講して終わり、という風にはしたくないと思ってきました。
セミナーで学んだことを活かしてもらい、1人ひとりの成長に繋がるようなサポートを心がけています。
セミナーに参加すると、自分に向き合うことになる人が多いんですね。
誰かのサポートをしたいからこのセミナーにいらっしゃるけれど、実は自分の中にグリーフがあることがわかり、まずはセルフケアからやらないと、と気付かれる場合もあります。
揺らいでいる時期の心の支えになることは私の役目だと心がけてやってきました。
受講生から、ジーエスアイのお母さん、と言われることもあります。
また、キャリアプランを計画している人へのサポート、グリーフサポートバディになるまでの道のりを支えるなど、中長期的に受講生の支援をしてきました。
そのような人と人との繋がりの中で経験してきたことは、講師としての器も広げてくれていると思いますね。
グリーフについて知っていたからこそ、気付くことができた、息子や母の喪失の痛み。
Q:プライベート面でも、グリーフサポートは軸になっていますか?
そうですね。 妻として、母として、娘として、経営者として、女性として、グリーフサポートが支えになっている部分があります。
グリーフサポートに関わったこの10年の中で、個人的にはさまざまなことがありました。
死別体験だけでなく、パートナーシップ、マネジメント、子育て等、いろいろなフェーズでグリーフサポートを軸にしていてよかったなと思っています。
それは、私だけでなく、セミナーの受講生が出産されて、育児が始まると、お便りをくれる方が多いのですが、皆さん口々にグリーフサポートを学んでいたことが、育児に役立っていると言ってくれます。
多分これは、死別ではなくても、起きている事象をグリーフの考え方で捉えるとわかりやすくなるからじゃないかと思うのです。
まだ三男が5歳くらいだった時、長男が1年間留学に旅立っていったんです。
一緒に成田空港まで見送りに行って、「お兄ちゃんいなくて寂しいね」などと話しながら帰宅し、その日はすぐに寝たんです。
すると翌朝、布団がびっしょり濡れていて、びっくりして起き上がると、もうとっくにおねしょは卒業していたのに、三男がおねしょをしてしまったのです。
最初は、どうしたんだろう? と心配になったのですが、ふと、これはお兄ちゃんがいないという喪失感や不安からおきているグリーフの影響なのではないか? と思って、その夜から三男が眠るまで一緒に寝てあげるようにしました。
すると、それ以降はおねしょをすることもなくなりました。子供は不安によってもおねしょをすることがあると知ってはいましたが、その不安の原因が「お兄ちゃんがいないという喪失感」であることに気づけたのは、グリーフサポートを学ばなければあり得ないことで、きっと、「なんでおねしょしたんだろう?」と私も不安になってしまって何もできなかったか、大騒ぎしていたかのどちらかだろうなと思います。
もう1つは、死別のグリーフへの対応です。
私の父は3年前に亡くなりました。
父は家族に肝臓がんのステージ4であることを秘密にしていたので、私が病院から余命宣告されたのはあと1か月というタイミングでした。
実際はその日から1週間で亡くなってしまったのですが、グリーフサポートを学んでいたことによって、家族のグリーフに対する対応も父が亡くなる前から意識することができて、葬儀自体も思うように執り行うことができました。
自分自身のグリーフを癒すことももちろんですが、母や子供たちのグリーフに寄り添うことができたことは、大きな助けになりました。
母は日々の生活の中で、父がいない現実を突きつけられて、イライラすることが多くなっていました。
家の外に大きな木があって、花が咲いた後、その花が落ちてくるのですが、その数が半端なく、箒で掃いても掃いても次から次へと落ちてきて、永遠に終わらないんじゃないかと思うくらいなのです。
今までは、父がその季節になると枝を剪定して片付けてくれていたので、それを今自分がやらなければいけないことが、「父がいない」ということに結びついて、怒りも湧いてくるらしく、イライラしていました。
なんでも父に頼る母でしたから、きっと、何か壊れたり困ったことがあったら、その都度父がいない現実を突きつけられて、「なんでお父さんはいないの?」と苦しくなるだろうとわかっていたので、父がいなくなって困ることがあったら何でも言ってくれるように、父が亡くなった当初から言い続けていました。それで、「木を切ってちょうだい」と橋爪と私に頼んできました。
1日がかりで、二人で木を切って、45Lのごみ袋10個くらいにもなり、二人ともヘトヘトになりましたが、母は、頼めばやってくれるという安心感と、毎日の掃き掃除から解放されてすっきりしたようで、とても喜んで顔つきも変わりました。
グリーフサポートを学んでいなければ、母のイライラや不安に対して、こちらもイライラしたり、いい加減にしてほしいと思ったりしていたと思いますが、グリーフが原因で起きていることだとわかれば、今回のように、逆に先手を打っておくことが可能になります。
孫である子供たちにも、グリーフの影響が表れていたので、忙しい日々を過ごしている中で、グリーフの症状を知らずにいたら、家族に振り回されて、私自身もおかしくなっていたかもしれないと思います。
本質的な理解をしていけば、本人も気付いていないグリーフを見つけてあげられる。そんな人材を育成したい。
Q:ご自身が担当されるセミナーには、どんな人に学びに来てもらいたいですか?
どんな方がいらしてくださっても大歓迎ですが、おすすめで言うと、グリーフサポートを葬祭サービスや供養サービス、ビジネスに活かしたいという方には、橋爪謙一郎の方がよろしいかもしれません。
私の講座は、それ以外のニーズでグリーフサポートを学びたい方にお越しいただけると、相性が良いと思います。
たとえば、ご自身が大切な人を亡くし、その辛い経験から将来ご遺族を支える活動をしていきたいと思っている方に、グリーフの基礎をしっかり学びながら自分を癒す時間にしていただいたり、マネジメントや人事の立場で従業員の心のサポートを必要としている方などにぜひ、グリーフサポートを知ってサポートの質を上げていただきたいと思っています。
ご遺族支援は自分の経験値だけを頼りに行動するのは危険です。
それぞれの受け止め方やグリーフの症状もさまざまですから、本質的な部分をしっかり掴み、体系的に学んでどんな方にも対応できるようにすることがとても大切ではないかと思います。独りよがりにならないサポートが出来るようになっていただきたいと思っています。
マネジメント、人事に関わっている人から最近教えていただいたのですが、会社の中で、家族の介護や死別を経験しているスタッフが増えているそうなんです。
スタッフの心身の健康は、組織としてもケアすべき問題ですし、何かしら気がかりなことがあって仕事に集中できない状態になってしまうと、パフォーマンスも落ちてしまいますから、業績にも影響します。
そのような気がかりなスタッフの背景には、多くの確率でグリーフの側面が隠れていると思います。
グリーフの理解があることで、どうしてそういう状態になっているのか、その人にどう声をかけたらいいか、どんな関わり方をしていったらよいか、仕事を続けられるのかなど、見立てが付けられるようになり、良い支援に繋がっていきます。
私も、経営者としてマネジメントをしていくにあたり、グリーフサポートで培ってきたことは大いに活かせていると感じます。
Q: グリーフサポートを学びたいと思っている方に向けて、メッセージをお願いします。
100人いれば100通りと言われるグリーフの状態に気付いてあげられる人を育てたいという思いがあります。それは、多くの場合に、喪失体験をした人自身はグリーフであることに気付いていないことが多いからです。
気付いていないことによって苦しみが深まっていきます。
「おかしくなったのではないか」
「自分はどうなっていくのか?」
「この苦しみからいつになったら逃れられるのか?」
そんな風に不安になるからです。
今、自分がどんな状態で、この先どんなことが待っているのか、少しでも知ることができれば、自分の気持ちを整理することに前向きに取り組めるようになると思うのです。
グリーフの知識をどう使うかを知りたいという気持ちはとてもよくわかりますが、こういう相手にはどう接すればいいのか、というような対処法では、全てのご遺族に対応することは不可能ではないでしょうか。
どんなご遺族と接しても対応できるようにするには、グリーフということの基礎知識を学び、本質を捉えることが大事だと思います。
そして、相手によって適したアレンジができるようになれば、どんな方にも対応することが可能になります。
多くのグリーフにある方が、自分のことをわかってほしいと思っているので、そこに気付いてあげられる人材を育てていきたいと思います。
【プロフィール】橋爪清美
1965年、東京生まれ。音楽スタジオの老舗、音響ハウス株式会社に営業として就職。その後ぴあ株式会社に転職し、チケット流通業にて15年間、音楽エンターテイメント業界で働く。2004年に退職し、公私共にパートナーである社長の橋爪謙一郎と有限会社ジーエスアイ(現、株式会社)を設立。
(株)ジーエスアイ 専務取締役
(一社)グリーフサポート研究所 認定資格 グリーフサポートバディ(011)
(一社)グリーフサポート研究所 認定グリーフカウンセラー
アラン・D・ウォルフェルト博士の理論を、博士の教え子である橋爪謙一郎から学ぶ。2009年から死別に携わる仕事を通じて遺族支援を担う人材育成のための「グリーフサポートセミナー」を橋爪謙一郎と共に立ち上げ、さらに2012年には認定資格「グリーフサポートバディ」を立ち上げる。
現在は、中学生2人の息子の子育てをしながら経営者として働く傍ら、ご遺族のサポ-トグループ運営支援、並びにグリーフサポートバディの育成、ご遺族のグリーフカウンセリングやサポートの相談を行っている。
ブログ: きよみのみかた http://lab.griefsupport.co.jp/?cat=10
(記事を書いた人:穴澤由紀)
【お知らせ】
橋爪清美が担当する、グリーフサポートセミナーベーシックコースが、12月14日(土)から開講します。
本インタビューをお読みになり、興味をお持ちいただいた方はぜひ受講をご検討ください。
こちらに詳細情報がございます。
●グリーフサポートセミナーについて
●ベーシックコースのスケジュール