専門的な技術を用いてご遺体を修復、衛生的に保全し、その人らしい姿に整えていくエンバーミング。
やつれたお顔をふっくらさせたり、痛々しい傷跡が見えないように修復したりと、見た目を生前の姿に近づけていくことができることは、ご遺族の心を和らげることに繋がります。
それだけではなく、昨今、地域によっては火葬までに時間がかかることがあり、その間のご遺体の変化を防止することや感染防止対策としても有効なため、さらに注目度が増しています。
日本国内の施行件数は、2010年に約2万1千件だったのに対し、2020年では5万件を突破し、ここ10年においても2倍以上増加しています。
需要が伸びる中、まだまだ施術者(エンバーマー)の数は十分ではありません。
日本での資格保有者は現在200名余しかおらず、エンバーマーの育成は急務だと言われています。
エンバーマーになるにはどうしたらいいのか、仕事のやりがいや難しさなどについて、女性エンバーマーとして活躍する株式会社ジーエスアイ 上園清美に取材しました。
◇前回のエンバーマーインタビュー
監察医 朝顔』監修会社エンバーマーの心意気。その人らしさ引き出すエンバーミング。
ジーエスアイ所属エンバーマー
上園清美(かみぞの きよみ)
・IFSA認定エンバーマー(EMB0188)
・1級葬祭ディレクター
・ジーエスアイ認定グリーフサポートバディ
(GSB020)
・毒物劇物取扱者
___エンバーマーになって何年になりましたか?
「約4年ですね。
やっと「普通」に施術ができるようになった、と思っています」
謙遜しているのか、向上心が強すぎて満足できるレベルが高いのか、「やっと普通にできるようになった」と繰り返す上園ですが、施術数は800件を超え、さまざまな臨床経験を積んできました。
___エンバーマーになりたいと思ったのは、どんなきっかけがあったんですか?
「葬儀社に勤めている時に、実際にエンバーミングされた方を見て、凄いなと思いました。
指先や耳に血色が戻っていて、メイクでつける血色とは違うな。明らかに違う技術なんだな、と思ったんです。故人様を知らない私が見ても感動するんだから、ご家族が見たらもっと感動するんだろうな。
お葬儀までの日が少し長いとか、お身体の状態が悪かったり、そういう方のためのエンバーミングでもあるけど、そうじゃないエンバーミングも知ってもらいたいな。
それで、自分もエンバーマーになっちゃおうかな、って直感的に決断したんです」
___感動を与える側になりたい、と思ったわけですね。
でも、エンバーマーの資格を取るためには学校に行く必要があって、簡単にはなれませんよね?
「エンバーマーになるには国内の養成学校に通うか、海外に留学して学ぶかのどちらかですね。私は、それまでの仕事を辞め、国内の養成学校に2年間通って勉強しました。
海外留学もきっと得るものが大きいと思うのですが、国内で学べることも、メリットは大きいと感じました。
日本の文化や国民性、日本人の持つ肌質、体格などに合わせたカリキュラムになっているので、分かりやすかったですね」
___入学にはテストもあるんですか?
「一般常識の筆記試験、作文、面接がありました。IFSA(一般社団法人 日本遺体衛生保全協会)認定の学校は1校しかないので、受かるしかない、という気持ちでしたね」
___30代半ばとなってからのキャンパスライフ。大人になってから新しい学びをするのはどんな経験でしたか?
「学校はすごく楽しかったですね。もう一度戻りたいくらい。
年齢層は高校卒業したてから40代までさまざまでした。
10人のクラスで、うち7人が女性。
今は男女比が半分半分くらいになっているようですが、当時は女性の方が多かったんです」
IFSA認定のエンバーマーの養成学校である「日本ヒューマンセレモニー専門学校エンバーマーコース」での生徒募集は年に1回で、定員は20名です。
高校卒業(または卒業見込み)以上で出願できます。(2020年度)
養成学校を卒業すると、年1回実施されるIFSA認定のエンバーマー試験の受験資格が得られます。
__エンバーマーを目指す女性って多いのですね。ちょっと意外です。硬直したご遺体の体位を変えたりするのでしょうから力や体力をかなり使う仕事ではないですか?
「実際の現場でも女性エンバーマーは多いですよ。女性だから不利だと感じることはほとんどないですね。お身体の向きを変える時も、持ちあげるのではなく、うまくずらしながら行うことで負担なくできます。だんだん自分なりのやり方が出来てきます。それに、エンバーマー同士で助け合ったりできるので、皆さんが思うほど力は必要ないんじゃないかな」
__じゃあ、逆に女性だから良かった、ということはありますか?
「それも特段ないです。
でも1回だけ、女性エンバーマーで良かった、と思ったことがあります。
エンバーミングルームを見学したいといらしたご遺族が、施術者が女性だと知り、少しほっとしたように、そっとお着換えと下着を渡してくださったんですね。
故人様が女性だったので、同性の施術者だと分かって喜んでくださいました。
確かに選べるのだったら同性の施術者に任せたいなと思われる方もいらっしゃるんじゃないですかね」
__その他、印象に残っているケースはありますか?
「自死された若い男性をエンバーミングさせていただいたことがあるのですが、そのお母様のことは特に印象に残っています。
自死で亡くなったということを口外したくなかったようで、葬儀社の担当の方にも最初異なった説明をされていたようでした。
エンバーミングを終えて、息子さんのお姿を見ていただいたのですが、お母様は、私にだけそっと耳打ちをするように’’首の跡は目立たないでしょうか?’’とおっしゃり、傷跡を気にされていました。
その時は気丈に振る舞われていましたが、数日後メイク直しに出向いた際にはお母様の様子がちょっと違いました。
涙を流されながら、感情が溢れてくる感じで……。なにか特別なことをお話ししたわけではないのですが、息子さんを囲んで二人きりでその時間を共有させていただいて。
エンバーミングが少しでも心の負担を減らしていく助けになったらいいな、と祈るような気持ちでした。
エンバーミングしたからってその人の悲しみが消えるわけではないし、亡くなった直後にはあまり価値が感じられなかったとしても、ゆくゆく時間が経ってから、あの時エンバーミングして良かったなと思ってくれていたら嬉しいなと思っています」
最期のお姿、表情は、遺された人々の記憶に深く刻まれます。
その人らしい面影が出ていて、安らかさを感じられる表情が、故人にまつわる最後の記憶になる……。
故人がいない未来を歩んでいかなくてはいけないご遺族にとって、大きな慰めになるのではないでしょうか。
上園は、ご遺族が受け入れてくださるか、ご遺族の慰めになるか、そのような視点を持って常に施術に当たっています。
どんなに満足のいく施術ができたとしても、ご遺族の反応がすべて。
「だからこそ、ご家族からのフィードバックをいただくことは大切。怖いけれど、学びにもなるし、喜んでもらえたときはモチベーションにもなる」と言います。
___エンバーマーはどんな人が向いていると思いますか?
「うーん……。いろんなタイプのエンバーマーがいるので難しいですね。しいて言えば忍耐強いことかな。
技術を磨いていくことに終わりがないので、苦手な部分を克服したり、よりよくしようと工夫していこうとする姿勢が大切ですが、そのためには忍耐力が必要なんじゃないかなと思います。
養成学校時代は、指導者がいて常にアドバイスしてくれますが、プロとしてデビューしたらお互いを干渉しあわない現場が多いんじゃないかと思うんですね。
自分の施術を冷静に評価できて、努力をし続けられることは大事ですね」
__これからもずっと続けていきたいお仕事ですか?
「そうですね。
やりたい、というより、やめにくいんです。
なぜなら、これまで出会っていただいた故人様に申し訳ないかなって思うから」
__故人様に申し訳ない?
「私たちエンバーマーから見ると、故人様が自分の身体を使って教えてくれているわけなんですよね。
不思議なんですけど、苦手意識を持っている施術が続くことがあるんです。
たとえば、黄疸の強い方のメイクが苦手だなと思っていると、黄疸の方が連続でいらっしゃったり。
私の体を使って練習しなさいね、って故人様の意思で私の前に現れてくれたような気がして……。そうやって技術を磨かせてもらってきたとしたら、簡単にはやめにくいなって。だから、きっと、ずっと続けると思います」
(書いた人:グリーフサポートバディ 穴澤由紀)