人と人が悲しみを分かち合い、豊かに生きる社会にするためには何が必要でしょうか?
(株)ジーエスアイ創立20周年、グリーフサポートセミナーを始めて15周年になる2024年。
「グリーフ」という言葉も少しずつ広まっていますが、まだまだ世間的には知らない人も多く、だからこそ人材の育成が必要だと語る橋爪謙一郎ジーエスアイ代表。
現在、本業の仕事に加えて、グリーフサポートを世の中に根付かせるために大学院で研究している代表に、20周年にあたり、思っていることを聞きました。
「身体の声」をデータとして計測する試み
Q 現在、東大大学院の博士課程ではどういうことを研究しているのでしょうか? それとグリーフサポートの関わりについて教えてください。
橋爪:大学院の博士課程に進んで2年目となりました。
僕が研究しているのは、身体の数値的なアプローチを計測し、グリーフサポートをいかに効果的に行えるようにするかという研究です。グリーフとは、心の葛藤というイメージが大きいと思いますが、心の状態は身体に現れます。もちろん、グリーフによって身体の状態が悪くなることも事実です。
ですから、やはり身体の状態を計測しないと何も分からないし、計測することによって効果があるのかどうか、その対処に再現性があるかどうかが計れます。
鬱や不安症、グリーフに伴う心の不調などは、身体に兆候が現れるので、それを計測することでかなり状態が分かるのです。
例えば心拍数や加速度です。加速度というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、人間は常に身体を動かしているのです。例えば、無意識のうちに手を動かしたりして、常に身体は揺れています。
自律神経のバランスが崩れている時は、ずれてしまう身体を頑張って戻そうとする無意識の働きが起こります。例えば、不安になると髪の毛を無意識にいじってしまうなどもその一つです。
グリーフサポートに具体的に活かせる研究を
Q その研究をどのようにグリーフサポートに活かしていくのでしょう?
橋爪:グリーフの状態に陥っている時は、本人は急に精神状態が悪くなったと思うかもしれませんが、実はもっと手前に兆候があると思います。身体の計測をしていくことで、ひどくなる前の状態のうちに自覚して、手当をすることができるのではないかと思っています。
例えば、顕著なのが睡眠です。長さというよりも、睡眠の質に関しては数値での計測が可能です。グリーフにある人のほとんとが「眠れない」と訴えるのですが、むしろ睡眠は長かったりすることもあります。起きた時にすっきりしていないと眠れなかったと感じる人もいます。しかし、それはその人の体感、その人の解釈なんですよね。計測することで、睡眠状態は長いけれど、その質がどうかを計測し、むしろ質の悪い睡眠が体調悪化の状態を作ってるのかもしれないとわかる。
「マインドフルネス」でグリーフが悪化することもある?
Q 実際の計測は研究室の中でだけでなく行われるのでしょうか?
橋爪:はい。実は、人は「計測されている」と思うと、緊張したり、意識したりしてしまうものです。心拍数が上がったりすることもあります。研究では今、協力者を日常生活と切り離した空間の中、ストレスのない状況を作って計測したいと思っているのですが、少し課題もあります。
先行研究にあるのですが、瞑想やマインドフルネスを利用してグリーフを軽減しようとすると、逆にグリーフが悪化するかもしれないということです。なぜなら、自分の状態、心の状態を見つめると、まだそこまで回復していない、まだそれに耐えられない段階の人もいる可能性があります。「今、それに向き合って言われても・・・あるがままと言われても、このあるがままが今一番辛くて、一人では向き合えない」という人もいるのです。
そのような「あるがままの状態がまだ辛い人」には、認知行動療法が効果的かもしれないという研究もあります。つまり、グリーフによって物の見方が狭くなってしまっている思考を、柔軟な新しいものに捉え直すことによって、行動も変わるということですね。今までは同時に同じ人に両方のやり方を試すことができなかったので、「本当にそうなのか」わからなかったのですが、今後の研究ではウェアラブルデバイスで常に計測していけば、わかることがたくさん出てくると思っています。
死別体験後まもない人の事例を集める必要性
Q その通りですね。まだ自分がどの段階にいるかなど、グリーフの当事者にはわからないことも多いですね。
橋爪:研究していてわかったのは、喪失体験直後半年とか一年ぐらいの人たちへの研究データが少ないことですね。研究者と死別からそれほど経っていない人との接点が少なく、さらに、まだその時点では研究に協力してもらえないのではないかと研究者自身が思っているところもあるようです。しかし、「苦しくてたまらない今の自分がどんな状態なのか知りたいので協力する」という人もいると思います。これまで20年間で培ったつながりを活かして慎重になりつつも、僕なりのアプローチをしていくつもりです。
Q そういう一番大変な時のデータが少ないのですね。では、病院での遺族外来などがもっと機能すれば、喪失体験直後の人たちも、もっと楽になるのでしょうか。
橋爪:遺族外来は、まだそんなに多くはありません。いくつかの病院にはありますが、まだあまりうまく機能していないように思います。自分の病院で看取った患者の遺族しか受け付けてくれないところもあるようです。わざわざ探して遠くまで行かなくても、身近に利用できるところが増えていけばそれに越したことはありません。
そんなふうに、本当に助けを求めている人たちに、まだまだインフラも追いついていない。だからこそ、僕自身が研究を進めていく意義があるし、またグリーフサポートバディの活動や協力が必要なのだと思っています。
(次回に続きます)
記事を書いた人:目白台書房・上坂美穂
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