<終末期を支える>言葉を超えたところにある‘’ぬくもり”の力

あなゆきnote

英語が話せないことで人気セラピストになった友人

イギリスで、終末期の患者のための専門的なボディケアを行っていた友人がいます。

イギリスでは、訪問医療や生活の支援を受けながら、一人暮らしであっても、自宅で最期を迎えようとする人も少なくないそうで、そのような方の自宅に定期的に出向き、マッサージや皮膚のケアをする仕事をしていました。
 
マッサージといっても、かなり筋肉も落ち、骨も皮膚も弱くなっている状態だったり、体位を変えるのも難しい方を相手にするため、とても優しいタッチで行われます。

健康な人であれば物足りないような刺激でも、苦痛に繋がることもありますし、骨折や皮膚へのダメージなどを引き起こすリスクもあるため、各々に合わせて、慎重に行わなければなりません。時には指先だけをそっとさすってあげるようなケアになることもあります。
 
非常に気を使う仕事ですが、患者や家族が示してくれる喜びや感謝が、大きなやりがいとなっていたといいます。
   
死が迫っている状態にあるからこそ、手から伝わる温もりがもたらす効果は大きいのかもしれません。
 
もし自分がそういう状態になった時のことを想像すると、信頼できる誰かに優しくタッチしてもらえたら、人肌の温かさを通して安心できたり、きっと孤独感や恐怖感が和らぐのだろうなと思います。
 

「身体のケアで入っているけれども、欲しているのは心の癒しのはず」
そのような姿勢で向き合っていた友人は、人気のセラピストとして活躍し、イギリス人セラピストよりも指名率が高かったそうです。

イギリスの地で活動するからには、高い語学力を駆使してコミュニケーションができることも大切なのかなと思いきや、当時の彼女は、十分に英語が話せるとは言えないレベルだったそうです。

むしろ、それが仕事上のアドバンテージになったと言います。
「言葉があまり出来ないことで私が選ばれたこともあったの」

彼女は最初、言葉ができないことを恥じていました。

‘’施術に集中するばかりで、こちらから気の利いたことを言えない‘’
‘’患者さんが話しはじめれば、それをずっと、うんうん、と聞いてあげるしかできない‘’

そんな劣等感を感じながら仕事を続けていましたが、患者さんから「あなたは静かに話を聞いてくれるから、安らぐね」とか「話をする力もないから、あなたのような人がいい」と言葉をかけられることが多くなっていったそうです。

患者さんからの言葉は、彼女に新たな発見を与えました。
自分の弱みと思っていたことは強みなのかもしれないと思えるようになったのです。

「言葉ではなくて、手を通して伝えられるものがある」
そう信じて取り組んでいくと手ごたえを感じて、自信を持って仕事に臨めるようになったと話してくれました。

私は、友人として、彼女が無類の聴き上手であり、観察上手な人であることを知っているので、海の向こうの国においてもその能力が発揮されていることはゆうに想像できます。

きっと、相手の表情やしぐさ、身体の反応などから、真のニーズを察し、施術を通じてフィードバックしていたに違いないのです。

さらに、彼女は、沈黙を恐れない人なのだなと思いました。
沈黙は決して気まずいものではなく、沈黙がもたらす安らぎがあることを知っているのだと思います。
 
ボディセラピストという職業だからこそ、自然に沈黙を使いこなしてきたのかもしれません。
 
私も相性の合うセラピストさんからマッサージを受けている時、沈黙が宝に感じる時がありますし、皮膚感覚を通じて、相手と会話をしているような気分になることもあります。

彼女の手は非常に雄弁で、手技がぬくもりとなって、患者さんにしっかり届いていたに違いありません。そういう意味で、言葉はきっと不要だったのだろうと察します。

彼女から話を聞いてから、「肌と肌が温かく触れ合う」という感覚は、人生最期のひとときにおいて、どれだけの恩恵を与えるのだろうと考えるようになりました。

優しいタッチが効く理由

心の絆で結ばれている存在から優しくタッチされるとき、身体の中で何が起きているのでしょう。

オキシトシンのホルモン分泌と、痛みを感じにくくなる調節機能(ゲートコントロール理論)によって、穏やかさや心地よさ、安心感が生まれていくことが考えられます。

オキシトシンとは、 「抱擁ホルモン」とか「愛情ホルモン」などと言われ、不安やストレスを和らげたり、痛みを軽減してくれる効果があることが分かっています。
 
ゆっくりと優しくタッチされるなどの刺激が入ると、脳の視床下部から血液中にオキシトシンが分泌されます。

また、人間には、撫でる、さするなどのタッチによって心地よさが生まれると、痛みが緩和されるように感じる機能が備わっているそうです。

それを、ゲートコントロール理論といいます。
 
痛みの信号は、末梢神経から脊髄神経を通って脳に送られます。
この脊髄神経に、痛みの信号の流入をコントロールするゲート(門)があります。
 
ゲートが開いている時は痛みを感じやすく、閉じている時はあまり痛みを感じないとされています。

心地よいタッチによってゲートが閉まり、痛みを感じにくくなる効果があるのです。

言葉を離れて対話をする

終末期を迎えている大切な人や、死別と向き合っている家族にどんな言葉をかけたら良いのだろうか。
むしろ伝えたいことはたくさんあるけれど、どれも陳腐な気がして適切な言葉が見つからない。

そんな風に、無力感に苛まれてしまう時、むしろ言葉から離れてみるのも良いのかもしれません。

  • 手を当てる。
  • 背中をさする。
  • マッサージをする。
  • ハグをする。

肌のぬくもりという非言語の世界で、相手と対話をしていく。相手に愛を伝えていく。
言葉を手放したコミュニケーションだからこそ、伝えられることや分かち合えることがあるはずです。
 
ぬくもりは、私たちに託されている最強ツールなのかもしれません。

(書いた人:グリーフサポートバディ、グリーフカウンセラー 穴澤由紀)

大切な人の終末期を支えたい、死別と向き合っている家族を支えたい。
そのような方には、グリーフについての理解を深めていただくことをお勧めしています。
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