奄美の葬儀が教えてくれたこと~葬儀が本来持つグリーフサポートのチカラ~

奄美の葬儀が教えてくれたこと~葬儀が本来持つグリーフサポートのチカラ~

皆さま、こんにちは!
ジーエスアイの平島です。

 

 

早いもので、今年も残すところあと一か月となりました。
この時期は、何だかやらなければいけないことがたくさんある気がして、どうにも浮足立ってしまう平島です。

年賀状を書いて、大掃除をして、クリスマスに大晦日にお正月……
そんな世間が賑やかになる季節でも、時を選ばず突然やってくるのが「葬儀」ですね。

  

私もディレクターとして、クリスマスイブにお通夜を担当したり、元日からご遺族と葬儀の打ち合わせをしたりしてきました。
イブにお通夜を迎える故人様へ何かできることはないか、お正月で少し日程が空いてしまうご遺体への処置をどうしたらよいか、
自分なりに考え工夫していた記憶があります。

仕事柄とはいえ、年末年始も目の前のご遺族のために尽力される葬儀業界の皆さまへ尊敬の想いを伝え、
皆さま自身のご家族や大切な人と心穏やかに過ごす時間が、少しでも持てることを願っています。

  

   

さて今回は、前々回の記事でも少し触れたように
夫のふるさと奄美大島の葬儀で私が感じたことを、皆さまにご紹介させて頂こうと思います。

前々回の記事はこちら⇒  http://lab.griefsupport.co.jp/?p=615

   

私の夫は、奄美大島の出身です。
今年に入った1月半ばに、夫の祖母が亡くなりました。

おばあさんの葬儀は、自宅葬にて営まれました。
奄美の中心、名瀬市内には少しずつ葬儀専用ホールが出来つつあるようですが、
まだまだ葬儀といえば自宅葬が多いようです。

  

島に帰った私たちがおばあさんの家に到着すると、すでに大勢の女性陣が台所に立っていました。
最近では珍しい自宅での煮炊きが、奄美には今も残っています。

その中でも私が驚いたのは、食事を手作りするだけでなく、お茶請けの菓子類も手作りしていたことです。
「葬式まんじゅう」のような白いまんじゅうの文化は奄美には無く、
その代わりに奄美伝統の黒糖を使った数種類のお菓子を一から手作りし、小さく切り分けて一人分ずつラップに包んでいました。

  

葬儀用のお菓子といえば和菓子屋さんに買いに走るものという感覚を持っていると、とてつもない手間がかかるように感じました。
しかし、ふと考えてみると、奄美ではケーキ屋さんのような洋菓子屋さんは見かけても、和菓子屋さんを見かけたことがないのです。
そのような伝統的なお菓子は、手作りするのが当たり前のようです。

親戚やご近所の女性陣で協力し手分けして、参列者の口に入るものすべてを手作りする葬儀が、今も奄美大島では実在していました。

   

次に驚いたのは、新聞のお悔やみ広告です。

皆さまは沖縄のお悔やみ広告がすごい、という話を聞いたことがありますか?
ごく一般の葬儀でも、沖縄ではお悔やみ広告を掲載するという話を聞いたことがあったのですが
実は奄美のお悔やみ広告もすごいのです。

驚くのは遺族の欄です。
喪主から始まり故人の子ども、子どもの配偶者、故人の兄弟、甥代表、姪代表、孫全員、その他親戚代表、友人代表……
おばあさんのお悔やみ広告には、総勢27名の遺族の名前が連なっていました。

   

お悔やみ広告と聞くと、会社の会長さんなどの葬儀の際に載せるというイメージが私にはありますが、
最近はお悔やみ広告はおろか、お悔やみ欄にも故人の名前を掲載しないケースが本当に増えました。
家族葬でなくても、お悔やみ欄までには載せなくてもいいや、と仰るご遺族がとても多いと思います。

そんな中でこのお悔やみ広告の大きさには驚きましたし、
葬儀後には会葬お礼の広告も出すのが当たり前と聞き、まるで大企業並みだと思ってしまいました。

   

   

この2点に共通して言えることは、「葬儀を通して周囲のサポートを受けることを拒まない」姿勢だと私は思います。

  

例えば、食事を手作りすることについて言えば、一昔前までは日本各地で当たり前の光景だったはずです。
しかし急速にその文化は失われ、今ではほとんどの場合、葬儀社によって手配される仕出し弁当になりました。

手作りするとなれば、近所の女性陣は仕事を休んで朝から晩までお手伝いに出なければなりません。
遺族の側も、家族以外の人がずっと家にいる環境は気が休まらなくて疲れてしまう、という事情もあるでしょう。
そんな双方の問題を解決できる「仕出し弁当」は、一気に全国的な広がりをみせたのでしょう。

   

しかし奄美では、双方とも、ヘンに気を遣っている感じがまったくしないのです。
親戚、ご近所との普段からの深い結びつきが、「ごめんね」「悪いね」という言葉よりも、
「ありがとう」「助かるよ」という言葉を自然に伝えられる、支えを受け入れることができる関係を作っているようです。

   

大きなお悔やみ広告も、多方面からの支えを受け入れるジャスチャーだと思います。

お悔やみ広告は、故人の葬儀の日時を案内する役目だけを担っているのではありません。

「私たちは悲しみの中にいる遺族です」というメッセージを発信する役割も担っているのです。
悲しみの中にいるのは喪主だけではありません。
そう考えると、総勢27名の遺族の名前が連なる奄美のお悔やみ広告は、とても理にかなっているように思いました。

    

例えば、おばあさんの名前は知らなくても、孫の欄に名前を見つけた島の友人が
「残念だったな」と連絡をくれたと夫が言っていました。
反対に、島の新聞の中に友人の名前を見つけると、「あいつのおじいさんや!」と言っているのもよく聞きます。

このように、遺族となった時、お互いにグリーフサポートをし合える土壌が奄美には自然に息づいています。

    

昔は日本中、どこもそうだった。
離島だから、まだ東京の流れが届いていなんだ。

そう片付けてしまえば簡単ですが、奄美の葬儀の在り方からいま、私たちが学ぶべきことがたくさんある気がします。

    

死別の悲しみと折り合いをつけていくためには、周囲のあたたかい支えが重要です。
周囲から向けられるサポートを受け入れること、そして感情を自分らしく表現して思いっきり悲しむこと。
その為に葬儀が果たしてきた役割を、葬儀業界で働く私たちは、再度よく考えなければいけない時に来ていますね。

   

   

ということで今回は、奄美大島の葬儀についてご紹介させて頂きました。
それではまた、お会いいたしましょう!

  

  

(書いた人:平島 まどか)