グリーフサポートの観点から見たご遺体の処置は、大切な人を亡くしたばかりのご遺族にとって、安心してお別れができる時間を作れるかどうか、とても重要な役割を担っています。
ご遺体の処置の目的は、「故人の尊厳を守ること」だけだと思っている人も多いかもしれません。
もちろん、故人の顔を見たときに「ひどい…」と感じてしまったり、そんなイメージを想像させないように、安らかなお顔に整えたり、お身体をきれいにすることは、亡くなった方の尊厳を守るために、とても重要なことには変わりありません。
しかし、それ以上に、ご遺体に処置を施すことには、故人のためだけではなく、ご遺族のために重要な目的があります。
それは、ご遺族が死別の現実を受け入れるための時間と場を確保するということが大きな目的です。
頭では、亡くなったことを理解していたとしても、心が納得するまでには、人ぞれぞれの時間が必要になります。頭と心、そこには時間差があるということが大きな理由です。
しかも、死別に接してショック状態にあるようなご遺族にとっては、心が壊れてしまわないように、身体全体に防衛反応が起きていることも多く、起きたことや言われたことを、すっと理解することは不可能で、身体も心も徐々に徐々に受け入れていくようにできているとも言えるのです。
近年では、病気やケガによって存名中からすでに身体が変化しているだけでなく、その疾病に対する治療や手術、投薬によっても影響を受けて、変化し続けています。
そのため、死亡後に病院から搬送された後、葬儀社では入院中にどんな医療行為がなされたかがわからないこともあって、昔と比べてご遺体が急激に変化するケースも増えていることから、ご安置の際にご遺体を安定した状態に保つことは、とても重要な意味を持ちます。
それだけでなく、ご遺体をご自宅に搬送する際、住宅事情によっては、身体を直立に近い状態にまで立てて移動させなければならない場合や、長時間車で搬送しなければならない場合もあるでしょう。
すると、ご安置する時点で死後処置が十分におこなわれていなかった時には、安置後に血液や体液が鼻や口、医療器具を抜いた痕などから漏れ出てご遺族が慌てて連絡して来ることも多く、またその対応がきっかけとなって、葬儀全体のクレームにつながることも珍しいことではありません。
死を宣告されてから火葬までの間は、ご遺族にとって「生と死」の中間の時間です。
心臓は止まっているものの、場合によっては体温が残っていたり、死後硬直が始まっていなければまだまだ「死」という実感がわかないのが現実です。それは、搬送されて自宅に帰ってきた時に、「やっとお家に帰ってきたよ」「おかえりなさい」と、声をかけるご遺族が多いことからも明白です。
この「生と死」の中間の時間に、どれだけご遺族が故人とのお別れを心置きなくすることができたかどうかが、人生最期の儀式である「葬儀」に臨み、意義深い葬儀を行うことができるかに大きく影響するのです。
最近では、映画「おくりびと」の影響もあり、男女問わず死化粧を施したり、納棺士が処置を施すことも、少しづつではありますが、当たり前の選択肢になってきました。その中で、家族と一緒に旅支度やお化粧をするように促す担当者も増えてきました。この行為は、もちろん「死」を受け入れるためのきっかけとして、また大切な人に最後に何かをしてあげられた、と思うことができる機会として重要な役割を果たします。
しかし、そもそもご遺体の状態をしっかりと安定させないまま、お化粧をしたり旅支度をしてしまっていたとしたらどうなるでしょう。
後になって体液が漏れ出てきてせっかくの衣装を汚してしまったり、顔色が変色してしまったり、腐敗臭がしてきたりするなど、ご遺族にとっては初めてのことで、いったい大切な人に何が起こっているのかわからないために、パニックや混乱状態になったり、強い無力感、場合によっては後悔や罪悪感を感じさせることになります。せっかく一緒にご遺体にメイクをした時間までもが、無きものとなってしまいます。
まだまだ日本では、亡くなってから葬儀までの時間が短いので、ご遺体が変化する前に火葬を迎えるから大丈夫と思っている葬儀担当者も多いようですが、だからと言って、葬儀を早くしてしまえばいいというのは、本末転倒です。
先にも書いた通り、「死」を受け入れるのに、頭と心では時間差があります。心が受け入れる準備ができないまま、さっさと葬儀、火葬と済ませてしまったとしたらどうなるでしょう。
最近、葬儀後の大切な人がいなくなった新しい生活が始まっても、なかなか普段の生活に戻れない、社会復帰できない人が増えています。そこには、最近の社会的な流れもあって、葬儀自体に意味がないと思う人も増えていることから、葬儀をせずに火葬してしまっていたり、しっかりとお別れの時間を取らないまま、形だけの儀式を済ませて火葬してしまっている人たちが増えて、死別の現実を受け入れられないまま、つまり、「生と死」の中間の時間にとどまっている可能性があるままに、社会復帰をしてしまっていることにも原因があると思っています。
このようなことからも、ご遺体の処置をしっかりと行い、ご遺族が安心して、葬儀までにある程度の「死」を受け入れていく時間をとることが重要で、その時間を使って、最後に故人への思いを伝えたり、生前にできなかったことを葬儀の場において、何かしらの形で叶えたりすることも可能になることを、ご遺族に説明することができれば、ご遺族は葬儀をすることにも意義があって、できるだけのことをしてあげたいという思いにもなるものです。
グリーフサポートをサービスに取り入れたいと思うほど、どうしても葬儀までにある程度の時間が必要になることを、学べば学ぶほど理解してくれる人が増えています。
それと同時に、必然的にご遺体の変化に対する知識や処置スキルがなくてなならないことにも気付くこととなります。
少なくとも、搬送してご安置した時にご遺体の状態を観察し、この後どのような変化が起きるかを予測できれば、ご遺族に今の故人の状態について科学的根拠のある説明することができ、その上で、適切な処置をすること、または、自分たちで行うことが難しい状態の場合は、専門業者に依頼するなどのご提案をすることができれば、ご遺族も納得して依頼をしてくれるはずですし、ご遺族との信頼関係を築くきっかけにもなります。
実際、ジーエスアイでグリーフサポートを学んだ多くの人たちが、ご遺体処置の必要性・重要性を感じて、さらにご遺体処置の研修を行った結果、その成果は、葬儀の売り上げにもはっきりと出てきていますし、何よりも、葬儀の担当をしたスタッフのやりがい、モチベーションも上がるという相乗効果につながっています。
今までやってきたから、先輩からそう教わったからと、経験値だけで処置をしてきた人も多いと思いますが、ご遺族に寄り添ったサービスを提供したいと考えると、ご遺体がどう変化するのかといった知識を得て、科学的根拠のある説明をすること、そして、その根拠に基づいた処置ができることが必須条件です。
少しでもご遺体の処置について意識を向けて、日々の業務を見直してみてはいかがでしょうか。
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