翻訳者からエンバーマーへ転身したのは「人に一番優しくなれる職業」だと思ったから。

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エンバーマー、と聞いて、すぐにピンと来る方は少ないかもしれません。
ご遺体を衛生的に修復保全し、長期安置を可能とする技術である「エンバーミング」を施行できる専門資格を持った人達のことをエンバーマーと言います。

今回は株式会社ジーエスアイの新人エンバーマーとして日々奔走する和田典子を紹介します。

和田は、中央大学で総合政策を学び、飛び級で慶應義塾大学大学院に進学、法務博士号を取得した才女。
語学が堪能で前職は翻訳や通訳、英語とフランス語の講師などの仕事をしていました。まったく違う業界へのキャリアチェンジを決意した背景に何があったのでしょうか?

(以下、インタビュー記事)

GSI新人エンバーマーの和田典子


Q:エンバーマーになる前は、翻訳や通訳などの仕事をしていたんですよね?
どうしてそのお仕事をやめようと思ったんですか?


和田:主に英語翻訳の仕事がメインだったんですが、10年以上前からすでに業界の下火感は漂っていました。なぜかというと、AI技術の登場です。
AI翻訳が台頭してきて、これから精度が上がってきたら、自分たちの仕事はなくなるぞ、と言われていたんです。
一般的な英語翻訳はAIが担っていく時代がもうすぐやってくるとしたら、今後は、専門翻訳ができる人じゃないと生き残れなくなるかもしれない。

私は、不動産売買にかかわる契約書や外資系企業の文書など、ビジネス系の翻訳を主にしていましたが、特に何かの分野に精通していたわけでもないし、翻訳者として特化してやりたい分野もみつからなかったんです。

翻訳や通訳の仕事に、面白さや、やりがいを感じられなかったわけではないのですが、どうしても「自分の仕事」だと思えない部分がありました。
誰かの成果物をその人に成り代わって訳しているだけだから、これは私の成果物ではない、という風に思っちゃうんですね。
 
家族がみんな何かしら手に職をつけて、専門職に就いているので、それに比べて私は……と思うところがあり、そういう意味では、満足していなかったし、焦りも感じていました。


Q:それでキャリアチェンジを考えるようになったわけですね。
それにしても、語学の世界から葬送業界、しかもエンバーマーになろう、というのは、かなり特殊なルートだと思うのですが、どういう経緯だったのでしょう?


和田:周囲では、大切な人を見送った経験がきっかけになって葬送業界に飛び込んだ、という人が多いのですが、私は違うんですね。
大きな喪失体験も経験したことがなかったし、エンバーマーという職業があることさえ知らなかったんです。

そんな私がどうして、エンバーマーにたどり着いたかというと、ある友人との会話から私がインスピレーションを得たのがきっかけなんです。それも冗談のようなやりとりなので、言うのも恥ずかしいんですけど……。

ある人が共通の知り合いのことを「あの人、おくりびとになったらしいよ」って言ったんですね。

この会話の中で出てきた「おくりびと」というのは、納棺師のことではなくて、「億り人」の方でした。
(※注: 億り人とは株式やFXなどへの投資によって1億円以上の資産を築いた人物のことを指します)

私は、その時、会話の流れから外れて、おくりびと→納棺師→葬祭業と想起していったんですね。

「そういえば、今まで葬祭業って全く知らなかったな。やったことがないことがしてみたいし、ちょっと求人見てみようかな」って。

インスピレーションに突き動かされて調べていたら、エンバーマーという職業を知ったんです。

冗談みたいな流れですけど、私の中では今までやってきたことや学んできたこととの符号がいくつもあって、エンバーマーという職業は私の興味関心がぎゅっと詰まっているような気がしました。

学生時代は法律を中心に学びつつ、文化人類学や社会学の勉強をしていて、人々の営みの歴史や文化、宗教などにとても興味があったんです。またお茶をやっていたので日本の文化や和装も好きで、いろいろ生かせそうかなって。


自分の中ではしっくり来てたんですが、周囲に分かってもらうのは難しくて。実際、エンバーマーの養成学校での面接では、入学動機を聞かれて一生懸命話すんですけど、どうもうまく伝わらなかったですね。

「大学院まで出て、翻訳やっていたあなたが、なんで来たんだ?」みたいに、ごりごりに詰められました。私のようなキャリアチェンジをする人が少ないので、面接官からすると違和感があったんでしょうね。

Q:実際にエンバーマーとして仕事をはじめて、後悔はないですか?
和田:後悔もなにも、今までした仕事の中で一番やりがいを感じています。私のやりたかったことが、仕事にそのまま反映されていく印象がありますね。


Q:どんなところにやりがいを感じますか?

和田:大切な人とのお別れって、その後の人生にも影響を与えると思うんです。
そういう大事なタイミングで関わらせていただくこと自体がやりがいになっています。

ちょっと恥ずかしいんですけどね、「人に優しくしたい」っていう欲求が強いんです。

偽善的だって思われるかもしれないですが、子供の頃からずっと、人に優しく、って思ってきて。
たとえば、自分が嫌なことをひとつされたら、誰かに優しくすることをふたつしよう。そうすれば世界平和のバランスがとれるから、って思っているような子だったんです。

葬祭業って一番人に優しくできるお仕事じゃないですか。
お客様は、今一番ケアを必要とされる人だし、今一番優しさをもらうべき人だと思うんです。
優しさを表現できる仕事、というところに惹かれます。

Q:究極の援助職ですもんね。
和田: そう思います。
でも、エンバーマーの中には、「生きている人とのコミュニケーションが苦手だから、死んでる人を相手にしたい」という人が少なからずいて。
対人関係が苦手で、人と関わりたくないからという理由でエンバーマーを選択する人がいるとしたら、それ違うよ、一番向いてないから、って思うんです。
なぜなら、エンバーマーはコミュニケーション能力がすごく必要です。
主役である故人様とご遺族にとって何が必要かをとことん考えて向き合う仕事です。
ご遺族のグリーフについても察して、こちらからお気持ちを汲み取っていかないと、ただの流れ作業になってしまうと思います。

Q:単なる技術の提供ではないということですね。

和田:もちろん、技術面のスキルアップは常に磨いていかないといけないと思いますが、技術力だけでご遺族が安らぐわけじゃない。
人生の一番大変なときに、エンバーミングという技術を使ってどう優しく接することができるか、ということじゃないかと思っています。

GSIのエンバーマー達と代表の橋爪謙一郎


Q:目標はありますか?
和田:エンバーミングの認知度をとにかくもう少し上げたいと思っています。

日本では、おくりびと、といえば、あぁ、納棺師ね、と分かってもらえますが、それに比べてエンバーマーという職業は知名度が凄く低いですよね。
ほとんどの人から、「なにそれ?」と言われます。

それに対して、海外ではエンバーミングはもっと認知されています。
日本在住の外国人であっても、自分はエンバーマーだと告げると、どういう仕事か分かっている人ばかりで「それは大変な仕事だね」とか「リスペクトするよ」という反応が返ってきます。
世界と日本のエンバーミングに対する認知度の差は大きいですね。

知ってもらわないことには選んでもらえないじゃないですか。
現在の日本でのエンバーミング実施率は、全体の約3~5%程度だと言われていますが、この数字からも認知が広がっていないことが伺えますよね。

でも、やみくもに普及させなくては、と思っているわけではなくて、選択肢のひとつとして、多くの人に正しくエンバーミングを知ってもらいたいんですよね。

認知度が上がれば、必要な人にエンバーミングが届けられるようになるだけでなく、エンバーマーになりたいという人も増えるかもしれません。
そうすると、より業界も活性化して、技術も磨きあえると思っています。

Q:具体的にこれからどう取り組んでいきたいですか?
和田:エンバーミングの仕事に真摯に向き合いながら、合間の時間では、どんどん発信活動をしていきたいです。
会社のホームページでブログも開始しましたし、インスタグラムも始められたらと思っています。ぜひ、多くの人と繋がれたら嬉しいです。

プロフィール:
和田典子(わだ のりこ)
・IFSA認定エンバーマー(EMB 0265)
・慶應義塾大学大学院 法務研究科 修了
​ 法務博士



●GSIエンバーミングのスタッフブログ:エンバーマーだけでなく、元納棺師のスタッフも書いています。ブログ | gsi-embalming

●ジーエスアイのエンバーマー紹介記事
牛渡一帆:『監察医 朝顔』監修会社エンバーマーの心意気。その人らしさ引き出すエンバーミング。| グリーフサポートラボ (griefsupport.co.jp)
上園清美:血色が戻る感動をご遺族に。エンバーミングは特別なケースのためだけにあるのではない。 | グリーフサポートラボ (griefsupport.co.jp)

●ジーエスアイのエンバーミングサイト:https://www.embalming.jpn.com/

(記事を書いた人:ジーエスアイスタッフ・グリーフサポートバディ 穴澤由紀)

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