今回は、納棺士のグリーフサポートバディ、大森明子さんの寄稿記事を掲載します。
納棺士の仕事
納棺士は国家資格などの資格が必要なわけではなく、先輩から後輩へ伝えられるまさに、職人のような世界です。
技術に対するこだわりが強い方も多く、新人納棺士は一緒に同行させてもらう先輩からたくさんの技術を厳しく教えてもらいながら、納棺士として独り立ちできるよう努力します。
亡くなってから故人に起こる様々な死後の変化を予測して、お化粧や処置で変化を最小限に防ぐことが葬儀の中で担っている納棺士の役割です。
そうすることでご遺族は、安心して亡くなった大切な人との思い出を振り返りながら、体や顔に触れることができます。そして、棺へ故人を移動し、その中に一緒に思い出の品を納めていきます。
ご遺族の安心のために行う処置の一つに、死後の変化によって体内から血液や体液などが出ないように、鼻や口に綿を詰めることがあります。鼻の穴が穴の中で3つに分かれていことも、綿を使って口を閉じられることも、納棺士になってから、先輩から教えてもらいました。
死化粧では時間が経って顔色が変わった際、変わった色が黄色いのか、赤いのか、緑なのか、黒なのか、その色によって使う化粧品の色合いを変えることも、ケースごとに先輩が丁寧に教えてくれます。
技術に関して納棺士は「職人」のように個々に、こだわりを持って、的確に指導してくれます。
その指導法はどちらかというと、言葉で教えるというよりは、見て学べ。つまり新人のうちは先輩に同行し、「技」を盗むのです。
ある日
私「どうしてあの時、遺族に声をかけずに進めたのですか?」
先輩「え? だって聞ける雰囲気じゃなかったでしょ」
私「??????」
ある日
先輩「今日のご遺族反応悪かったね……」
私 「なんで、反応がなかったのですかね」
先輩「そんな事わからないから、雰囲気読んで対応するしかないんだよ」
私 「??????」
あんなにわかりやすくご遺体への処置について教えてくれた先輩たちが、ご遺族の対応に関しては急に「雰囲気を読みましょう」の一点張りになるのです。
雰囲気って何よ?!
喪主さんの怒り
ある日先輩と同行し、ご葬家の自宅にお伺いしたときの事です。正面の門をくぐり、芝生の綺麗なお庭を横目に玄関へ向かい、ご挨拶をしようとした瞬間、喪主のお父さんが凄い勢いで飛び出して来ました。
「お前たちのような職業の者が正面からはいるんじゃない! 全く縁起でもない!」と、取りつく島もなく、怒鳴られたことがありました。
「裏門から入るように」という申し送りが、私たち納棺士には伝わっていなかったのです。
どんなにお詫びをしても許してくれない喪主さん。その日は家に入れてもらえず、亡くなった息子さんの納棺式はできませんでした。事情を知らない私はその怒鳴り声と、職業に対する偏見的な言い方に恐怖を感じました。
このように、納棺士になったばかりの頃は、納棺中、そばにいらっしゃるご遺族に対する接し方もどうしていいかわからず、早くこの場から立ち去りたいと思うことが多くありました。
たとえば、ずっと冷静にしていた奥さまが、亡くなったご主人を棺に移動した途端、入れないで! と私の腕をつかんできた時や、お子さんを亡くされたご両親の悲痛な泣き声を聞いた時などです。
きれいにしてあげたい、いいお別れをしてもらいたいと思っている分、悪いことをして責め立てられるようで、悲しい気持ちになり、私にはこの仕事を続けるのは無理かもしれないとも思ったこともありました。
私はこの不安をどう解消していいかわからず、ご遺族とのコミュニケーションを学びたいと思うようになったのです。
ネットで調べるとグリーフケアやグリーフサポートといわれるものがあり、どうやらそれがご遺族とのコミュニケーションの取り方を教えてくれそうだということがわかりました。
初めは1日講習をうけるだけで基礎的なことを学べるというグリーフケアの講座に行きました。
しかし、それは看護師さんを中心とする学びで、葬儀業界の私は学ぶカリキュラムを限定されてしまったうえに、講師の方に「葬儀業界の方は遺体のプロではないから、勘違いしないように」と言われショックを受けて帰ってきました。
当時もかなり講師の方に文句を言って帰ってきましたが、今でも私は「遺体処置のプロ」であり続けるために日々学びを続けています。
グリーフサポートとの出会い
そういう方がいてくれたお蔭で! 私はジーエスアイのグリーフサポートセミナーに巡り合うことができました。納棺士になって3年目のことでした。
私はここで7年間という長い時間をかけてグリーフサポートを学んでいます。
最初の1年は行くのが、ほんとに嫌だった。それは、自分が良かれと思ってしていたことが間違いだったと気づかされる時間だったからです。
かさねて、自分の持つ過去を振り返り、蓋を閉めていた自分の喪失にも向き合わなくてはならないなんて想像もしていませんでした。
それでも、ご遺族を理解するとそれだけご遺族との距離が縮まり、ご遺族からの要望が出てくるようになりました。
それは、この学びが、私が知りたいと思っていたことだったと、確信できた変化でした。
だからどんなに辛くて大変でも、途中でやめることが出来ないのです。
自分自身やご遺族を理解すると、私に出来ないことが段々、わかってきました。
出来ることではなく、出来ないことです。
納棺士に出来ないことは「ご遺族を元気にすること」
ご遺族は私が元気にしてあげるのではなく、自分で元気になるための手段を見つけ出します。
自分に出来ないことがわかったからこそ、ご遺族が何をしたいかを一緒に探すことだけに集中できたのです。
大切な人の死を受け入れるために、怒りや悲しみなどの、感情を表に出すご遺族の傍にいる覚悟もできました。どの感情もご遺族にとっては必要なプロセスだと知ったからです。
喪主様の怒りの意味
何年か経ち、新人の頃、敷地の正面から入ったことを怒った喪主様の話を、当時の葬儀の担当者さんと話す機会があり、その時のことや、その後の経緯を聞きました。
高齢だった喪主様は40歳の息子さんが亡くなった2年後にお亡くなりになったそうです。
当時、奥さまを亡くされて半年もしないうちに息子さんを自殺で亡くされた喪主様は、奥さまの病気に気づけなかったこと、息子さんを死なせてしまったことを自分のせいだと責めていらっしゃったそうです。
もしかしたら、立て続けに亡くなったご家族が、なぜ死ななければならなかったのか、理由を誰かに教えてもらいたかったのかもしれません。
なぜ自分にだけにこんなことが立て続けに起こるのか、怒っていたのかもしれません。
もうそんな不幸が起こってほしくないと思っていたのかもしれないから、縁起でもないと感じてしまったのではと考えると、私たちに怒りを向けた理由も十分わかります。
当時それがわかっていたら、私の態度や発する言葉も違っていたと思うのです。
そんな私でも、グリーフサポートを学んだことで雰囲気を読まなくても自分らしくご遺族に寄り添うことが出来る手段を手に入れました。
「雰囲気を読む」とは、ご遺族の中の答えを知る為に相手の横の位置に立つことであり、決してマニュアルで決めるような言葉や動作ではありません。
今、ご遺族がどんな心の状態にあるのかを想像し、現れる感情や言葉をそのまま受けとめることから始まります。
見て習っても当然答えは出てこなくて当たり前です。ご遺族との向き合い方は自分がどんな感じ方をするのかそれぞれ違うのですから。
そして私もいつの間にか、先輩と呼ばれるようになりました。
ご遺族がどんな風に見えて、どんな風に感じたか、後輩と同行する際は必ず聞くようにしています。そして話していくうちに、私がジーエスアイで経験したように、後輩納棺士自身の感じ方の癖に気づいてくれることを目指しています。
私は先輩たちから何度も言われた「もっと雰囲気よんで……」というフレーズを、今では心の奥底に封印しています。
(書いた人:グリーフサポートバディ、納棺士 大森明子)
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