死別の悲しみと折り合いをつけていくための第一ステップ

死別の悲しみと折り合いをつけていくための第一ステップ

死別の悲しみと折り合いをつけていくために

こんにちは、ジーエスアイスタッフ、グリーフサポートバディの穴澤由紀です。

今日は、死別の悲しみと折り合いをつけていくために、最初の段階で必要なことをお話ししていきたいと思います。


アメリカにおけるグリーフ研究の第一人者であるアランD・ウォルフェルト博士は、「悲嘆に暮れている人が満たさなければならない6つのニーズ」というものを提唱しています。


この6つのニーズについては、グリーフサポーセミナーのアドバンスコースでじっくりと学ぶ内容になっているのですが、その6つのニーズの中で一番先に満たしていかないといけないものは「死別が現実であることを認めること」だとアラン博士は結論づけています。


「肉体はもうこの世に存在しない。あの人は亡くなったんだ」と死の現実を受け入れることが第一段階で、ここをきちんと経験しない限りは、意識を未来に向けて折り合いをつけていく方向には向かわないでしょう。

しかしながら、本当の意味で、大切な人の死を受け止めることは難しいことです。

「信じたくないし、信じられない」
死別から時間が経っても、そういう気持ちが消えないご遺族もたくさんいます。


頭では分かっていても、心の奥底では死を否定していて、逃避をしているような状態が続いているかもしれません。


「今はどこかに出張に行っていて、もうすぐ戻ってくる気がする」と玄関を見ながら帰りを待ちわびていたり、毎日のように故人のために料理を作ったりするような行為は、生の世界にまだ故人を置いていたいからです。
 

一方で、仕事など何かに没頭している方が、亡くなった人のことを思い出さなくて済むから楽だ、と言う人もいます。


このような行為は決して異常なことではなく、大切な人への思慕であり、その人との時間を取り戻したいがゆえの自然な反応です。


死の現実を受け入れるということは、容易なことではありませんし、心が納得していく過程には個人差がありますから、焦る必要はありません。


周囲からすると、早く元気になってもらいたいという一心で何かアドバイスをしたくなるかもしれませんが、急かさずに待つということもとても大切です。


ただ、知っておいていただきたいのは、死を受け止めきれないでいる時は、湧き上がってくる悲しみや苦しみも無意識に麻痺させていたり、心に蓋をして外に出せずにいることが多いのです。


自分の感情や思いを閉じ込めてフリーズさせてしまう状態が続くことで、心身に影響が出たり、グリーフ からの回復を遅くしてしまいますので、気持ちを自然に表現してもらえるようなコミュニケーションを心がけるとよいと思います。
 

葬儀の役割

文化や慣習の中にも、死の現実に向き合うことを助ける工夫が宿っています。

葬儀もそのひとつと言えるでしょう。
「大切な人の死」という現実と向き合い、その事実を受け入れるための重要な役割を、葬儀は担っています。

一連の儀式を執り行うなかで、故人と最期の時間を過ごし、ご遺体の変化を見守ったり、残された人たちと思い出を分かち合ったり、感謝の気持ちを表現していくことで、本当に亡くなったんだな、という実感が伴っていきます。

ご遺体を見るということ


特に「ご遺体を見る」ということは、辛いことだけれど、死を受け止めていくプロセスとして、とても重要な意味があります。

葬儀社の方に聞いたことがあるのですが、ご遺族から、小さな子どもに対して、どこまで死を体験させればよいだろうか、というご相談は少なくないそうです。
 
「まだよく分からなくて騒がしくしてしまうかもしれないから」とか「ショックを与えてしまうといけないからご遺体は見せたくない」などという理由で、子供を葬儀に参列させない、と判断する人もいます。
 
でも、死の現実と向き合うことの重要性を考えると、子供にも、きちんと葬儀に参列させ、ご遺体と向き合わせる方が本人にとって良い経験に繋がるのではないでしょうか。
 
子供から「死」を遠ざけるのではなく、子供なりに「死」を理解し、心の整理をつけていくことができることを信じて、そのプロセスを周囲の大人は優しく見守る必要があります。

では、ご遺体を見ることなく、お別れをしていかなくてはいけない場合、どんなことが起きるのか、考えてみたいと思います。

たとえば、災害や事故などに遭い、ご遺体がみつからないままの場合、残された家族は、死の実感を持てないことに辛さを感じると言われています。

特に日本人は、遺体や臓器にも魂が宿っていると考える人が多いので、肉体の行き場が分からないまま、永遠の別れを突き付けられても受け入れられない場合が多いのではないでしょうか。

死産した赤ちゃんに会えなかった女性


また、私が担当したカウンセリングのケースでは、こういう事例もあります。

(個人情報保護の観点から、実際のケースをヒントに、設定などを変えて再構成しています)

30代の女性のクライアントさんです。
 
3年前に姉妹の双子を出産したけれども、残念ながら赤ちゃんのひとりが死産となってしまいました。

出産時、女性の出血が多く、緊急処置が施され、体調の回復に時間がかかったこともあり、死産のことは翌日になって知ったそうです。

夫をはじめとする周囲の人たちは、無事に生まれた赤ちゃんだけに意識を向けさせようとしました。

「ショックを受けたらかわいそうだ」と亡くなった赤ちゃんの姿を見せてもらえず、女性も会う勇気が持てなかったので、そのまま従いました。

「亡くなった赤ちゃんのことはこちらに任せておけ」と告げられて、女性の知らないところで葬られてしまいました。

お葬式もしなかったし、火葬にも立ち会うことはありませんでした。写真も残されなかったので、赤ちゃんのお顔もわからないままのお別れになったそうです。

唯一、その存在を証明できるものとして、小さな骨壺だけが残りました。
 
その後、ひとり娘の子育てに専念し、しばらくは亡くなった赤ちゃんに対しての想いもそれほど湧いてくることもなかったそうですが、1年が近づいた頃から、顔も見ることができずにお別れとなってしまった我が子のことが気になって仕方がなくなったそうです。

目の前にいるもう1人の我が子も、もちろん可愛いし、成長を見るのは喜びです。
 
でも一方で、亡くなった子のことに意識が向くと、気持ちが鬱々としてきて「おなかにいるときには、ふたつの心音を聞いたのに、どうして目の前にはひとりしかいないのだろう」という想いに取りつかれてしまって苦しくなるのです。
 
眠れない夜が多くなり、食欲も減退し、体調も崩しがちになってきました。


家族が集まり、双子の妹の1歳の誕生日パーティをしているときには、お祝いの席なのにも関わらず、とても悲しい気持ちでいっぱいになってしまい、涙があふれてきてしまったそうです。
 

「生きていたら、同じように立っちができていたのかな」

「どんな笑い声をしていたのだろうか」

そうやって亡くなった子の話もしたいのに、周囲は、最初から、まるでひとりの赤ちゃんしか存在していなかったかのようにふるまうので、その違和感がどんどんと大きくなっていったそうです。
 
 
周りの人が 亡くなった赤ちゃんの顔も見せることなく火葬したことも、 生きている赤ちゃんの方だけに意識を向けさせようとしてきたことも、善意からの行為です。
 

女性のことを心配し、「よかれと思って」の最善の配慮をされたのだと思いますが、結果的には女性から、赤ちゃんの死の現実と向き合うためのプロセスを取り上げてしまったのかもしれません。


「 いろいろと支えてくれたけれど、(母親である)私の気持ちをちゃんと聞いてくれる人はいなかったかもしれない」と、女性は振り返っています。


お母さんは、妊娠期間の10か月間もの間、おなかに宿して、小さな命とともに過ごしていたのですから、赤ちゃんの存在感は、周囲が思っているよりもずっと大きいはずです。
 

妊娠中にも、我が子とのたくさんの思い出があり、母としての自覚もだんだんと芽生えていました。


母親が、この世に生まれてこられなかった赤ちゃんとお別れをしていく。

その過程を優しく見守っていく方法は他にもあったと思うのです。
 

「赤ちゃんに会ってみない?」
「抱っこもできるんだよ」
 
赤ちゃんの肉体が消える前に、周囲がこんな風に声をかけていたら、女性は別の体験ができたかもしれません。

 
赤ちゃんへの供養は執り行っていますが、この女性の心はまだ本当の意味で納得できていない状態が続いています。体調も万全ではありません。

「ひとめでいいから、顔を見たかった」
「どうして最期に抱っこしてあげなかったのだろう」
「どうしたら、救ってあげることができたのだろう」

このような後悔や憤りの気持ちがあり、行き場のない思いを抱え続けています。

それでも、閉じ込めてきた思いや感情を外に出せるようになってきたことで、ずいぶん心の中で折り合いがついてきたようです。
 
ゆっくりとですが、グリーフワークは確実に進んできています。

このような事例からも、遺体を見ることなくお別れをした場合には、大切な人の死を受け入れることがより難しくなる傾向があると感じます。


死別の現実を健全に受け入れていくために、遺体が残っている最期の時間をどう過ごすか、ということに私たちはもっと慎重に考えるべきなのかもしれません。


今回は、「死別の現実と向き合うこと」についてお話しました。

この痛みが伴う難しい段階を、周囲はどうサポートできるのか、それぞれの居場所から考えていきたいですね。



(書いた人:グリーフサポートバディ/心理セラピスト 穴澤由紀)