[きよみのみかた-10]グリーフサポートを子育てに活かす?

きよみのみかた

まずは、この度の北海道胆振東部地震において被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。

[きよみのみかた-9]を投稿してからずいぶんと時間が空いてしまいましたが、その間に大雨や台風、そして地震と多くの災害が起きてしまいました。

ご家族がお亡くなりになった方々はもちろんのこと、住んでいた家に住めなくなってしまったり、幼いころから見慣れた風景が災害によって様変わりしてしまったりと、多くのものを喪失した方がたくさんいらしたのではないかと思います。

ジーエスアイとして現地で直接支援をすることはなかなか叶いませんが、グリーフサポートのネットワークを通じて、グリーフサポートを学んだ人たちが、それぞれのできることをそれぞれのやり方で行ってくれていることに感謝して、支援が続けて行けるように私たちが得意とすることで直接支援している仲間たちをバックアップしていきたいと思っております。

さて、今回の[きよみのみかた-10]は、前回に引き続きグリーフサポートの活かし方について書いてみたいと思います。

私がグリーフサポートを学んでから、個人的に応用した体験をお話しします。

グリーフの知識を得たことで一番初めに役に立ったなーと感じたことは、「子育て」です。

うちの次男が小学校に入学したときのことです。
学校には行くのですが、教室できちんと座っておとなしく勉強することができず、下駄箱のそばに置かれている「九峡(きゅうはけ)文庫」という小さな図書室でずっと本を読んでいます。

給食当番はほとんどサボって、給食の時間になるとこのちいさな図書室へ行ってしまうような毎日です。

また、うちの小学校は運動会が春でしたので、入学してすぐに運動会となります。保育園の頃からみんなと同じことをやるのが嫌いな次男は、運動会が大嫌い。小学校に入ったら、まったく運動会の練習に参加せず、校庭のはじっこで土をいじっていたり、校庭を散歩していたりで全く練習しないということなどは、当たり前の情景になっていました。

挙句の果てには、「僕は学校じゃなくて、本当は保育園にいきたいんだ」と言いわれてしまいました。

担任の先生は、今時の先生の中ではとても寄り添ってくれる先生ではありましたが、それでも学校からしょっちゅう電話がかかって来て、日々の行いについて注意をされます。


仕事も忙しい中で学校にしょっちゅう行かなくてはならず、学校からもADHDとか、発達障害とかいう言葉もチラつかされ、本当にどうしたらいいのか悩んでいました。

そんな時に、ふと頭に浮かんだことがありました。
それは、この状態はもしかして、グリーフの症状なんじゃないのか?という考えが浮かんできたのです。

次男の行動がグリーフの症状なのではないかという考えに至ってから、今までとは違う角度から次男の行動を見てみると、見えてきたことがありました。

3月までは、毎日私が保育園まで送り迎えしていましたが、4月から1人で行かなくてはなりません。遊びの中から色んなことを学んでいた環境から、学びと遊びは別々の時間にやりましょうとなります。

仲の良かった保育園の友達とは別の学校へ行くことになってしまったこともあって、子どもながらに、○○くんに会いたいな、保育園の先生にも会いたいなと思っていたのか、時々学校が終わってから保育園に行っていたこともあったようです。

次男の場合は1歳から5年間保育園で生活し、いろんな体験をしてきました。

でも、3月31日までは保育園で過ごすことができたのに、4月1日になると、まだ入学もしていないのに、いきなり「明日からは学童へ行ってね」と言われるのです。

次男も頭では小学校に入って勉強もがんばって、新しい先生やお友達と楽しい毎日を過ごすことを想像していたのだと思います。

たぶん、次男が思い描いていた毎日とは大きく違っていたのかもしれません。これまでの毎日を捨てて、新しい環境に身を置かなくてはいけないという心の葛藤は、次男にもあったのだと思います。

しかし、この状況を喪失による自分で対処できない気持ちの表れだと捉えれば、次男はまだまだ子どもなので、自分が感じている感情についてうまく言葉で伝えることができていないのではないかと思ったのです。

それに気づいたとたん、なんだか気持ちがすっきりしました。

そこで、私は1週間自宅勤務をさせてもらい、次男が学校から帰ってきた時に一緒に過ごすことができるようにしました。

グリーフにある人にとって、何を言っても否定したりダメと言われることのない安全な場所と、安心できる信頼関係のある人に話を聴いてもらうことは、気持ちを整理するための絶対必需品の様なものです。


それを学んでいた私はまず、彼にとって安全で安心できる場を作ろうと考えました。

そして、毎日学校であった出来事を聞いたりして、学校生活をどんな風に感じているのかを教えてもらう時間を優先してとるようにしました。

そうすると、小学校から帰って来てママが家にいるというのは次男にとってもやっぱり嬉しかったようで、日にちが過ぎるごとに少しづつ落ち着いてきました。

そして、週末になった時、次男から「僕はもうだいじょうぶだから、ママは月曜日から会社に行っていいよ」と言われたのです。

そして、なんとか運動会の練習も一緒にできるようになり、本番にはクラスのみんなと一緒にしっかりやることができたのでした。

次男だけでなく、三男にも同じ様なことがありました。

長男が1年間ニュージーランドへ留学をするため、成田空港へ見送りに行ったのですが、次の日の朝おねしょをするという事件がありました。

その頃三男はもう5歳でしたから、おねしょをすることなどありませんでした。

ですから、朝起きて一瞬私もびっくりしてしまって、どうしたんだろう、どこか病気なのではないかととても心配になりました。

でも、その時「あ、お兄ちゃんがいなくなってしまって、気持ちが混乱してるのかも…」と考えて、それから数日間眠りにつくまで一緒に横になって寝てあげるようにしました。

すると、1週間もしないうちにおねしょをすることはなくなったのでした。

子どもじゃなくても、大人だって同じだと思います。

就職したり転職したり、定年退職された方だって似たようなことはあるんじゃないかと思います。

大人でも、自分が変化を受け入れられるまで、かかる時間は人それぞれです。

本当なら気が済むまで好きなようにさせてあげられれば一番良いのでしょうが、なかなかそうもいきませんし、いつになったら普通になるのかと心配ですよね。


だから、「おかしいんじゃない?」と決めつけないで、その人が変化を受け入れられるようになるまで見守って、話をきいてあげたり、ただそばにいてあげることができれば、きっとどんな人でも自分自身で気持ちの整理をすることができるようになるのだと思います。

何かを失ってしまった環境を受け入れて、新しい自分になる時、苦しくもがくその先には、必ず「成長」が待っているのです。


苦しくもがいている時に、自分の価値観や自分の感覚で物事を判断したり、押し付けたりせずに、そばで見守ってくれる存在がいることで、安心して新しい環境に足を踏み入れる勇気がわいてくるのだと思います。


これはグリーフサポートを学んだからこそ気づけたことです。

  • まずは安全で安心できる人間関係を作る。
  • 相手が表現していることを、まずは受けとめる。
  • 相手の準備ができるまで、又は相手が求めない限り、たとえそれが正しくてもアドバイスや世話焼きをしない。

これは、グリーフにある人が混乱した気持ちを整理する時に、サポートを提供する私たちがどういうスタンスでいればよいかという心構えの一部で、私が誰かをサポートする上で大事にしていることです。

また、大切な人を亡くした時にどんな心の状態になるのかということを知ることがなかったら、まず次男のことも気づくことなどできなかったでしょうし、今回のような対応をすることも、まずできなかったと思います。

このように、グリーフサポートの知識や、誰かにサポートをする際に必要な考え方は、大切な人を亡くした方に対するサポートはもちろんのこと、子育てや企業の社員教育にも応用することができるんですよ。

だからこそ、多くの方に知っていただけたら、本当に気持ちが楽になる人はたくさんいるんだろうと思っています。


また時々、こんな事例も披露していきますので、お楽しみに。

(書いた人:橋爪清美)

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